はじめに
私たちは、日常の中でどれくらいAIを使っているでしょうか。
音楽、画像、文章作成。今ではAIを活用して、誰もが手軽にクリエイティブな活動ができる時代になりました。
では、個人的な悩みを扱う相談やカウンセリングはどうでしょう。
「人間でなければできない」と考えられてきた相談やカウンセリングも、
AIで事足りるのではないか。
そんな議論を目にする機会も増えています。
果たして、本当にカウンセリングはAIにできるのでしょうか。
精神科医でYouTuberの 益田祐介 先生が書かれた
精神科医が教えるAIメンタルケア入門 を読み、
メンタルヘルスにおけるAIの役割や可能性について考えてみました。
この本の概要
精神科医が教えるAIメンタルケア入門 は、
「正しく知って安全に使う 新しいセルフケア」という副題が示す通り、
AIについての基礎的な知識と使い方を押さえたうえで、
メンタルヘルスにおけるセルフケアの考え方や方法を丁寧に解説した一冊です。
第1章では「AIメンタルケアを始める前に」として、
そもそも「心」とは何か、
「心の病の治療」とはどういうものなのか、
という根本的な問いから話が始まります。
本書は、メンタルヘルスの課題を抱えている人や、すでに治療中の人を読者として想定して書かれています。
AIの活用にあたって気をつけるべき視点だけでなく、
治療中に大切にしておきたい考え方や注意点にも触れられており、
読み進めるうちに、精神科医からそっと手渡されるやさしい治療の指南書のような印象を受けました。
この本が参考になる人/あまり向いていない人
この本が参考になる人
- 心の病の治療を継続しており、少しずつ回復に向かってきている人
- 医師やカウンセラーによるカウンセリングを受けた経験がある人
- (または、ソーシャルワーカーによる仕事や暮らしの相談を活用したことがある人)
- 心の病の治療はしていないものの、自分自身のメンタルヘルスのケアに関心がある人
- 家族・職場・学校などの人間関係に悩みがあり、それを言語化して整理・解決したいと考えている人
- すでにAIをカウンセリングやセルフケアに活用しており、
- 「この使い方でいいのか?」と一度立ち止まって考えたい人
あまり向いていない人
- できるだけ早く答えがほしい、今すぐ困りごとを解決したいと考えている人
- もともとポジティブ思考が強く、あまり深く悩まないタイプの人
- 急性期にある人、またはメンタルの不調がだんだんと深刻になってきている人
補足:この本が想定している「時間軸」について
本書の中で、益田祐介先生は
心の病の治療には長い時間がかかることを繰り返し述べています。
AIカウンセリングの実践例として紹介されている
自己理解や自分史の作成、
そして「パーソナル哲学」という考え方も、
読んですぐに理解できたり、すぐに効果を実感できるものではありません。
むしろ、
時間をかけて考え続ける中で、少しずつ「腹落ち」していくもの
だと感じました。
そのためこの本は、
「即効性のあるメンタルケア」を求める人よりも、
長期戦としてメンタルヘルスと向き合うイメージを持っている人に向いている一冊だと思います。
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AI活用本だと思ったら、意外と考えさせられた話
――ただのAI活用How-to本ではなかった
本書は、漫画風のイラストや
益田祐介先生と相談者とのチャット形式のやりとりが随所に取り入れられており、
全体としてはとても親しみやすいレイアウトになっています。
そのため、
「気軽に読めるAI活用の入門書」を想像して手に取る人も多いかもしれません。
しかし、読み進めていくと、内容は想像以上に思考を要求されるものだと感じました。
たとえば本書では、「トロッコ問題」のような、
どの選択をしても葛藤が残り、正解が一つではない問題が取り上げられています。
こうした問題に向き合うには、
単なる正解探しではなく、
自分自身の判断軸や価値観を持つことが重要になります。
その判断軸・価値基準となるものを、益田先生は
「パーソナル哲学」と名付けています。
これは、誰かから教えてもらってすぐに身につくものではなく、
自分と向き合い、試行錯誤を重ねる中で少しずつ形づくられていくものです。
また、AIメンタルケアの中級編以降で紹介されている
**「自分史の作成」**も、
自己理解や出来事の時系列整理を行う、かなり時間とエネルギーを要する作業です。
特に、振り返りたくない過去や未消化の体験がある場合、
一人で取り組むことでかえってメンタルの不調を招くリスクもあります。
このあたりを読んで、
本書は決して「手軽に気分が楽になるAI活用法」を教える本ではなく、
考えること・時間をかけることを引き受ける覚悟がある人向けの一冊なのだと感じました。
AI依存を予防するという重要な視点
AIへの相談を実際に使ったことのある人なら感じると思いますが、
AIは基本的にユーザーを否定しません。
批判的な応答を避け、受容的で「全肯定」に近い姿勢をとるため、
その心地よさに救われる場面があるのも事実です。
しかし、その心地よさに耽溺し、AIの言葉だけを信じるようになると危うい。
本書では、その点について繰り返し注意が促されています。
近年では、「AI彼氏」「AI彼女」と呼ばれる存在と、
何時間もやり取りを続けてしまうケースも見られるようになり、
いわゆる**「AI依存」**とも言える現象が起こり始めています。
こうした状況に対して、精神科医である 益田先生は、
はっきりと警鐘を鳴らしています。
特に第5章で扱われている
AI依存の予防と対策の章は、本書の中でも必読の部分だと感じました。
AIの可能性を語るだけでなく、
「どこで距離を取るべきか」「どう使えば依存に陥らずに済むのか」が、
とても具体的に示されています。
中でも印象に残ったのは、
AIは「他人の意見」ではなく、「自分の反響」くらいに考えたほうがよい
という一文です。
AIの言葉を答えや指示として受け取るのではなく、
自分の考えや感情がどう跳ね返ってくるかを見るための道具として扱う。
その位置づけを誤らないことが、
AIメンタルケアを安全に使い続けるための前提なのだと感じました。
さいごに 人に頼ることをあきらめないためのAI
私は、AIによるメンタルケアについては肯定的に考えています。
多くの人にとって、カウンセリングや誰かへの相談は、
今でもハードルの高いものだと思います。
AIとのチャットを通して、
悩みや自分の考えを言葉にし、整理することができる。
その過程で、心の状態が少し安定したり、
自分を客観的に見られるようになる人は、確実にいるはずです。
ただ一方で、
AIで整理できたからこそ、人を頼ってほしいとも感じています。
AIはヒントを与えてくれるかもしれません。
問いを立てる手助けもしてくれるでしょう。
けれど、答えを出すのは、
悩んでいるあなた自身です。
本書のAIメンタルケア上級編の終盤では、
対話を重ねることを重視する精神療法にも触れられています。
AIとのやりとりと、人間同士のダイアローグは、
やはりまったく別の体験です。
場の空気、表情、声のトーン、
そして、ときに言葉が途切れる沈黙。
こうしたものは、
文字を入力すれば即座に返答が返ってくるAIでは体験できません。
けれど、
そうした有機的で不確かなやりとりがあるからこそ、
人の心は少しずつ健康な方向へ向かっていくのだと、私は思います。
AIは、人に頼らなくて済むための道具ではなく、
人に頼ることをあきらめないための補助線。
この本は、その使い方をとても誠実に示してくれる一冊でした。

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